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bitter_sweetけんりょうblog

徒然としたメモ,災害時連絡用として。

私のつぶや記。

あの幼稚園と、幼児期の記憶。

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あの幼稚園幼児期の記憶。

市内S幼稚園。もうかなり前の話。どんなことがあったっけ。自分はどんな子どもだったかな。

 

住宅街。ピンクの建物。横に広い正面玄関があり左に受付と職員室。虹の絵の描いた幼稚園バスが2台。入って正面に靴箱。そしてL字階段。その上に仕掛け時計。あれが動くのが面白かった。上がりきったところに小さい図書室。教室4個くらい? トイレ。窓からお遊戯室を見下ろせる。奥に降りる階段。一階には給食室。向かいにトイレ。右奥にはお遊戯室。広くて天井が高かったイメージ。ステージがあり、色とりどりの大きい積み木やブロック、ボールがある。緑色のトランポリンも期間限定であった。休み時間はみんなそこでワイワイと遊んでいた。園歌が貼ってあった。ワイヤレスマイクが導入されたばかりだった。外は園庭。広いイメージ。避難訓練の時に滑り台を使えるクラスはうらやましかった。

 

折り紙、お習字、お遊戯練習、お茶、屋上遊び、運動会の練習、マーチングの練習、お絵かき、歌って踊って、お泊り、ジャガイモ堀りをした。厳しい先生は嫌いだった。お餅つきとお汁粉を食べた。足りなかった、もっと食べたかった。お遊戯会では5人の人、魔法使いサリー、秘密のアッコちゃん、猿蟹合戦の蜂、ミッキーマウス、オブラディオブラダ、琉球太鼓をやったような。お遊戯室での飴探しが楽しかった。園長先生がサンタクロースだった。縄跳びは2回しか飛べなかった。どうやって跳ぶのかわからなかった。音楽はその当時から好きだったと思う。毎日のように戦隊ヒーローなどの音楽を聴いていた。鍵盤ハーモニカの袋を取られて悲しくなったことがある。給食のふりかけごはんが早く食べたくて、フライングしてペロッとなめて同級生にチクられて焦ったことがある。給食を残す人の気持ちがわからないくらい、食べることが好きだった。クラスメイトはコッペパンを牛乳に浸して食べることが好きだったが、ぼくが試してみたらおいしくはなかった。たまに嘔吐するクラスメイトがいて気持ち悪かった。内ズックの右左がわからなかった。長靴のかかとスパイクがハイテクな感じで好きだった。鉄棒もできなかった。基本的に恥ずかしがり屋だった。自分の気持ちを言葉と体でうまく表現する方法を知らなかった。でも周りの人は自分のことをわかってくれてると思っていた。癇癪をよくおこしていた。今思えばよく大事にならなかったと思うくらい。お化けがたまらなく怖かった。かとちゃんけんちゃん好きだった。夜は8時には寝た。それ以降は大人の時間だと思っていた。自分の名字と住んでいる地名は普遍的スタンダートで、ありきたりで普通でまともだが、おもしろみはなくまじめでお堅いイメージだと思っていた。将来のことなんて想像もできなかった。小学校中学校高校大学会社、気の遠くなるくらい長すぎる時間で、乗り切っていけるのか面倒くさく思った。とにかく恥ずかしい事や面倒くさいことや苦痛を伴うことはしたくなかった。普通に成長できるのかなと不安だった。ババは世界一やさしいおばあちゃんだと思った。ラジオ体操に毎日付き合ってくれるから。自分のことをわかってくれてると思っていた。魔法使いや超能力者や王様にあこがれた。裸足で外を歩くことは修行だと思っていた。身内同士で集まる会合の時に「大きくなったね」と言われるのが恥ずかしくてありきたりで、リアクションに困り嫌だった。鼻が垂れて垂れて大変だった。スモックの内側に拭ってごまかしていた。汚いスモックになってしまった。小学校でも。ポケットティッシュが足りなくなるくらい鼻汁がでた。とにかくおねしょをした。おねしょをしない意味が分からなかった。NHK教育テレビが大好きだった。クラスメイトにせっけんの入った水を飲まされて悲しかった。ボール遊びができなかった。コントロールが難しいから。鞠つきができる人はすごいと思った。トランポリンの着地に失敗し膝をけがしたことがある。あほか。とにかく恥ずかしがり屋で、お遊戯室で自由に遊ぶことができなかった。毎回の休み時間をどうやって過ごしたのか覚えていない。一階と二階をいききして散歩していたと思う。せっかく図書室ができたのに本を読む楽しさを知らなかった。当時デリカにはマイクが付いてて、クラスメイトにカラオケができてうらやましいといわれたが、カラオケを知らなかった。マイクは普通だと思っていた。トイレに行くときは先生に自己申告してから行かなきゃいけないと思っていた。2回間に合わなくて、どうすればいいかわからなくて漏らしたことがある。一回だけ、どうしても眠くて、別室に移されて布団に入ったことがあるが目が覚めて眠れなかった。その時に紙パックのオレンジジュースをもらって、飲もうとしたら漏らしたことがある。隠ぺいした。書いてあった「コーナーを持ってください」の意味が分からなかった。一輪車は乗れない。ローラースケートも乗れない。おはようございますが言えなかった。恥ずかしくて言いたくなかった。白タイツや、短パンが恥ずかしかった。太っていて大根みたいだったから。走ること、運動することが苦手だし嫌いだった。疲れるし、汗かくから。ネンド細工は好きだった。自由時間?の時に粘土細工を作る時間の時に、先生が「静かに作りなさい」といったのに、みんながうるさくおしゃべりしているのがなぜかわからなかった。

においのきつくて固い油粘土。組み立て式の飛行機を作った記憶。歯ブラシが嫌いだった。面倒くさかった。「入れて」といえなかったし、どうすればいいかわからなかった。うずまきが書けなかった。

 

幼稚園から帰ったあと、3-4時くらい、いつも何もすることがなくて暇だったと思う。何をして過ごしていたのか覚えていない。録画したビデオをいつも見ていたかもしれない。週二回はスイミングスクールの日。水は嫌いでも好きでもなかった。準備体操が嫌いだった。いつも便秘気味だった。サウナが面倒くさくて嫌いだった。あとは、テレビアニメを見ていたかも。物を分解するのが好きだった。とにかくぼーとしていたと思う。とにかく思い通りにならないと癇癪を起した。遊ぶのは好きだが後片付けを知らなかった。兄弟で遊ぶのが本当に好きだった。怪獣もすきだった。

家の周りの小道や塀の上を歩いたりして遊んだ。戦隊ごっこをよくした。公園によく行った。ブランコに乗った。ぶら下がったり、振り回したりすることは大好きだった。

土日は朝はテレビを見て、昼まで暇で、午後も暇だったと思う。夕方はあまり好きではなかった。夜はなかなか寝付きは悪かった。

 

自分の最初の記憶は、おんぶされて、台所で、「重い重い」といつも言われていた。重いなら下せばいいのにと思った。自分は重い子なんだと思った。あと、ベットから上を見上げて、おもちゃがぶら下がっているのを見た。静かな時間だった。

よく病院に行った。点滴をして入院をした。病院は嫌いではなかった。食堂のソフトクリームとカレーが好きだった。ラーメンも好きだった。